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2010.07.31

祇園祭2010 疫神社夏越祓

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一ヶ月中ずっと続いた祇園祭ですが、今日が最後の行事です。
八坂神社の摂社の一つである、疫神社にて夏越祓が行われました。
こちらのお社は、蘇民将来を祀ります。


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神事は午前10時ごろから。
一般参拝者は、神事が終わってからの参拝となります。

くぐった後は、茅は厄除けの為に頂いて帰ることが出来ます。

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この時期に咲くので名付けられた木槿の「祇園守(ぎおんまもり)」です。
例年より咲くのが少々遅れましたが、ふわりと咲いて、祇園祭の後見をしてくれました。


暑い最中の祇園祭、今年は最終日の今日も晴れ、無事に終了です。
皆様、暑中お見舞い申し上げます。

参考

写真:2010年7月31日 八坂神社・仲源寺

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2010.07.30

祇園祭2010 巡行 くじ改め(相方撮影)

残念ながら、巡行当日は仕事でした。
ですので、私の代わりに相方にミッション、撮影をお願いしました。
「くじ改め」の様子をお届けします。

まずは、巡行の順番を決める「くじ取り式」が、2日に行われます。
「くじ取らず」の山鋒があり、
先の巡行:1番「長刀鉾」、5番「函谷鉾」、21番放下鉾、22番岩戸山、23番船鉾
後の巡行:24番「北観音山」、25番「橋弁慶山」、32番「南観音山」
これらの山鋒は、巡行の順番が固定されています。
「くじ取り式」では、2番以降の順番が決められるのです。

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こちらは、今年の山2番、孟宗山。

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「くじ改め」では、巡行当日の四条堺町にて、そのくじ札を「町行司」が携え、奉行役の京都市長に改めてもらいます。


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町行司の動きは手の動きや足の開きなど所作の決まり事が多いらしく、くじ札を奉行に渡す仕草が各山鉾によっていろいろと趣向があり、見所となっています。
所作の見所は、一切素手を使わない扇子を使っての文箱(くじ札が入っている)の紐解きや紐掛け、
奉行へくじ札を差し出すところでしょうか。
宵山深夜では、町行司の方が熱心に練習しておられるのを見かけます。

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お奉行役の京都市長(烏帽子水干姿)の前でくじを改め、許しを得た後、町行司は扇をあげて自分の山鉾を差し招き、出発します。



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長刀鉾です。
長刀鉾の上にある長刀は、刃を御所へと向けぬようになっています。


参考

写真:2010年7月17日 四条通り・御池通り

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2010.07.29

祇園祭2010 宵山 八坂神社石見神楽奉納 「天神」「恵比寿」「鍾馗」」「黒塚」「大蛇」

去年の宵山で、初体験の石見神楽に魅せられてしまいました。
「どんちっち」と表現されるお囃子は、勇ましく軽快。
絢爛豪華な衣裳を身に纏い、素面の舞ありの雄壮さ。


なので、今年もお手伝い後、ばたばたと八坂神社へ。
第二演目目からの鑑賞となりました。

「天神」

「こち吹かば匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」
「天神」とは、藤原時平の讒言によって、太宰府に左遷された菅原道真が、
お供の拆雷を従えて、無念をはらすというお話です。
時平は悪しき心のため悪鬼になっており、それを道真が退治にするという筋書きがとられています。


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道真役は始め、面を付けて登場します。
道真と従神の拆雷(さくいかづち)の舞。


時平との戦い。

「恵比寿」

大人(美保神社へ参拝した旅人)が、宮司から縁起を聞きます。
「恵比須様が磯辺で釣りをされることがある」と聞いた大人は磯辺で待ちます。
すると、恵比須が現れ、磯辺で見事鯛をつり上げます。
本来は、この大人の参拝シーンからなのですが、今回は省略され、恵比寿様が登場するところからの上演でした。
菓子撒き(紅白餅や飴など)や、観客席へ釣り糸を垂れたりと、大変御目出度い演目とされているそうです。

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「鍾馗」

民を苦しめる疫神を、鍾馗様が茅の輪と十束の宝剣でもって、退治する神楽です。

元々、鍾馗様は中国唐代の実在の人物だと言われています。
高熱で病に伏した玄宗皇帝が、悪い子鬼を大きな鬼が退治する夢をみます。
鬼は、鍾馗と名乗り、自分は科挙に落第し、宮中で自殺した学士であり、それを唐初代皇帝が手厚く葬ってくれた恩義を返したく参上したと言います。
目覚めた玄宗皇帝は、病が癒えていることに感動し、絵師に鍾馗の絵姿を描かせたところ、夢に出てきた鬼そっくりであったのです。
以来、玄宗皇帝は、鍾馗の絵姿が邪気を祓う力があるとして、人民に流布させたそうです。
京都ではよく、町家の屋根におられ、往来から家に悪いモノが入ってこないよう、ぐっと睨んでらっしゃいます。

そして、この鍾馗様、茅の輪を持って舞っておられます。
夜遅く、ある旅人が宿を求めました。
裕福な兄は断り、貧しいながらも弟の将来は旅人をもてなしました。
後に、その旅人は自分が須佐之男命であると正体を明かし、お礼に災厄などを“蘇民将来”の名前を持つものには下さないので、目印に茅で作った輪を腰に下げるようにと約束されたのでした。

石見神楽の六調子神楽では、なぜか、この「鍾馗」は須佐之男命とされております。
唐の国に渡った須佐之男命は、蘇民将来への恩返しのため鍾馗大臣と名乗り、茅の輪をもって疫病を退けますが、その怨念が日本へ渡り人民を苦しめるので、これを再び退治するというお話しになっています。

八坂神社の御祭神が、須佐之男命ですし、護符の蘇民将来の茅の輪から、宵山に奉納されるのにぴったりの演目と言えましょう。

「黒塚」

諸国修行中の法印と剛力は、陸奥国那須野ヶ原を通りかかります。
日が暮れたので一軒の家で宿を求めると、妖艶な女主に仕事をすることを条件に一夜の宿を与えられます。
宿中、悩みを相談され、法印がこれに仏の教えを説きます。
剛力が女性の美しさに魅せられるうちに、恐ろしい九尾の狐が姿を現します。
剛力は狐に食べられ、法印は命からがら逃げ出します。
勅命を受けた三浦介と上総介が、天の鹿児弓と村雲の宝剣のご威徳により、見事悪狐を退治します。

石見弁でやり取りされる剛力と法印のアドリブいっぱいの掛け合いが楽しい演目です。


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悪狐の面は、顎の部分がカクカク動きます。


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悪狐は、お囃子の太鼓に登ったりと舞台上を走り回ります。

「大蛇」

高天原を追放された須佐之男命は、出雲へとやって来ました。
嘆き悲しむ老夫婦と美しい娘がおりました。
足名椎(あしなづち)が申すには、「恐ろしい八岐大蛇が住み、毎年、娘がさらわれます。最後の稲田姫もとうとう大蛇にさらわれるので、嘆いています」と。
話を聞いた須佐之男命は、「姫を妻としてくれるなら、大蛇を退治する」と告げ、大蛇に飲ませる為、毒酒を作らせます。
やがて、大蛇が現れ、毒酒を飲み酔い伏したところを、十束剣(とつかのつるぎ)で退治します。
この時、大蛇の尾から出た剣は「天村雲剣(あめのむらくものつるぎ)」と名付けられます。

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大きな大蛇が3匹も現れ、スモークがたかれ、大蛇の目が光り、口から火を噴く、なんともダイナミックです。
毎度、最終演目に上映される、花形の演目です。


いつか、本場の石見で鑑賞させてもらいたいと思っております。
10月からが御神楽シーズンのようですので、ちょっとお出かけしてみたいなぁと。
奉納終了後、「久佐西組神楽社中」の皆様と一緒に、境内の観客全員で石見流の手締めでお開きとなりました。

どの演目も、最後に寿ぎの剣舞があるのが、印象的でした。
あな、めでた、あな、たふとの御舞や。


参考

写真:2010年7月16日 八坂神社にて

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2010.07.27

祇園祭2010 宵々々山 船鉾~休み山の大船鉾

現在、巡行が行われている山鉾は全部で、32基。
そして、休み山は、記録には残っているものの、本体や懸装品の多くを焼失した山鉾で、現在巡行に参加していない3つの山鉾を指しています。
鷹山(たかやま:三条通室町西入ル)・大船鉾(おおふねぼこ:新町通四条下ル)・布袋山(ほていやま:蛸薬師通室町西入ル)が巡行は行われずとも、宵山の間、居祭(いまつり)が行われます。

船鉾を「出陣の船鉾」と云うのに対し、大船鉾は「凱旋の船鉾」と云われる鉾です。
今回は、この二つの船鉾を紹介致します。

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まずは、出陣の「船鉾」から。


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『日本書紀』に記される神功皇后(じんぐうこうごう)の新羅出船の説話が由来の鉾です。
仲哀天皇の服喪中の神功皇后がこの出船の際に、戦が終わるまでしばし出産を留めてくれるよう祈願し、
戦後、筑紫へ戻り、無事に応仁天皇をご出産されましたので、安産のお守りや腹帯等が授与されます。

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天冠を頂き、緋縅の大鎧に帯刀された戦装束の神功皇后には、住吉明神を副将に、鹿島明神を舵取に、龍神安曇磯良(あずみのいそら)を水先案内として、随従されます。


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船首には、金色の鷁(げき)と呼ばれる想像上の瑞鳥が飾られます。
金色の鷁(げき)の後姿。

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艫(とも)には黒漆塗螺鈿(らでん)の飛龍文様の舵があります。

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内部の格天井には、見事な金地の花丸紋が。
二十種類の花々は、毎年、船鉾へ上がる拝観券に順に印されています。


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今年は、桔梗のお花が印字されていました。

二階囃子をお聞きください。

次は、凱旋の「大船鉾」。
こちらは、後祭のしんがりを勤めた鉾です。

船鉾と同じく、『日本書紀』に記される神功皇后(じんぐうこうごう)の新羅出船の説話が由来の鉾です。
安産のお守り等が授与されます。


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こちらも前述の菊水鉾と同様、鉾本体が、幕末のどんどん焼け(蛤御門の変)にて焼失してしまいました。
船首には龍の頭を飾っていたと記録には残っているそうです。
神功皇后の神面や舵、前掛、大金幣など一部懸装品が現存します。

町内の方々によって火災から救い出された品々は、焼失以来、各家持ち回りで居祭を行ってこられました。
一度、町内在住者の減少や高齢化のため、平成7年に中止されましたが、お囃子方も平成9年に約130年ぶりに復活され、居祭も今年16年ぶりに復活。
今年は何と!はれて、くじ取り式や日和神楽にも参加されました。

復興へ向けて、心より応援して参りたい鉾でございます。
ですが、復興へは莫大な費用がかかることでしょう。
来夏より、幅広く募金がなされるそうです。
皆様、どうぞどうぞお力添えを!!


参考

写真:2010年7月14日 四条新町~仏光寺あたり

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2010.07.26

下鴨神社 御手洗祭2010

御手洗祭り(足つけ神事)は、土用の丑の日に神池に足を浸し、穢れを祓い、無病息災を願う行事です。
普段の水量はさほどでもないのですが、この行事の間、水量を増やし(深いところでは大人の膝まで)、
入口でろうろく(200円)を持ち、ご神火を頂いて、ジャブジャブと御手洗池を渡ります。
ろうそくを供え、ご神水を頂きます。
キンと冷えた水は最初は冷たく、歩くうちには何となく優しく、あがった後は清々しいです。
また、飲めば舌にまろい京の水は、油照りの京都に涼とご加護を運んでくださいます。

今年は、あまりにも暑かったお昼間と夜と二日間お出かけしました。

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入り口でろうそくを頂いて、橋をくぐり


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ご神火を頂いて、そおっと消さないように歩き、献灯します。

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まろいまろい京の水、干した後の清涼さ。


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風そよぐ 楢の小川の 夕暮れは 禊ぞ夏の しるしなりける
 (「新勅撰和歌集夏・小倉百人一首 98番」 従二位 藤原家隆)


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みたらし社には、このような足型の祈願が水に浮いています。

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この神事のみ、こちらの水守りが授与されます。
神紋の双葉葵が浮かんでいます。

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馬場の緑も繁く、くぐる深緑の影優し。


夜はシスターズでお出かけしました。
まずは、午後は姐さん家にお邪魔させて頂いて、みんなで着付け教室です。
集まったのは、あにす様、maiky様、まめ様、千夜様、eriko様、私。
おしゃべりしながら、ワイワイ!
とっても楽しいです~。

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かわゆいかわゆい妹達、帯もそれぞれ変わり結びにしたり、普段あげない髪をアップにしたり。
姐さんと私の腕がなりますわ~。うふふ。


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灯火うち揃い、漆黒の夜空に浮かび上がるは、ハレの楼門。

下鴨神社では、二人静様も合流!!

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みんなで記念撮影~。
姐さんのお仕事のご都合で、お手元になかったので、浴衣は私のを着ていただきました!

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※ご要望がありましたので、姐さんとツーショットをアップ。

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みんなで狐~、コンコン!


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厄払いに、みんなで熱々のみたらし団子を頂きました。

みんなでいると、楽しい時間は本当にあっという間です。
素敵な姐さんがいて、可愛い妹達がいて。
ご縁で出会えたこと、しみじみ幸せだと思っています。
みんな、有難う。大好きよ~!!


参考

写真:2010年7月24日 昼間
    2010年7月25日 宵

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2010.07.24

麸家さんの氷

麸家さんの氷
暑いので、頂きます!

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テイクアウト!

テイクアウト!
一保堂さんで、お茶のテイクアウトが始まりました!冷たい煎茶の美味しいこと!

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2010.07.23

祇園祭2010 宵々々山 山伏山~鯉山~八幡山~役行者山

日付が前後してしまって、すみません。
14日の宵々々山の様子をお届けします。

室町通を上がっていきます。

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山伏山は、昔東山法観寺八坂の塔が傾いた際、法力によってそれをなおしたという浄蔵貴所の大峯入りの姿を表しています。左手に刺高の数珠、右手には斧を持ち腰には法螺貝をつけているそうです。

この山の面白いところですが、巡行の数日前より聖護院の山伏の巡拝があり、神用水清祓式とともに六角堂から法印の祈祷も行なわれ、神前に供える三宝も仏式の黒塗のものが用いられるそうです。
神用水清祓式の前に、八坂神社神職皆様による仲源寺参詣と同様に、この山にも神仏習合の様子が見て取れます。


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会所奥の蔵の前には、今年初めて、このような藁でできた茅の輪ができていました。
保存会の皆様の手作りで、約2週間かけて直径約2・7メートルの茅の輪を作成されました。
しっかり潜って厄払いでございます。

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鯉山は、滝を登った鯉が龍に成るという中国の伝説「登龍門」を表している山です。


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朱塗りの小社には、素戔嗚尊が祀られ、脇に名工左甚五郎の作の鯉が白麻緒の滝を登らんとしています。


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山全体を飾る前懸、胴懸(二枚)、水引(二枚)、見送(みおくり)は十六世紀ベルギーのブリュッセルで制作された一枚のタペストリーを、大工道具のノミで押し切って裁断し、用いています。
このタペストリーは5枚シリーズだったそうです。
鯉山のは、その3枚目にあたります。
残りはそれぞれ別の山鉾に伝わっています。
2枚目は鶏鉾と霰天神山、5枚目は白楽天山にございます。
タペストリーの画題は、『イーリアス』の一場面「トロイア王プリアモスと王妃カペーの祈り」です。
重要文化財に指定されました。


鯉山からは、少し六角通りを西へ行き、新町通を上がります。

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八幡山は、町内に祀られている八幡宮を山の上に勧請した山です。
金幣前にも、八幡さんのお使いといわれる鳩が描かれています。
小祠は、総金箔を施した豪華なものです。(人が沢山で撮り逃しました)

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巡行当日は、正面の朱塗の明神鳥居には鳩2羽が向い合って笠木上両側にとまります。
こちらの鳩も、名工左甚五郎の作です。
二羽いるのは、雄雌、夫婦和合を現しているそうです。


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童の見送「日輪双鳳人物文様」です。
もう一枚の「雲龍波涛図」の見送りと、巡行当日一年おきに掛け替えているそうです。
今年はこっちかしら?

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宵山の間は、このような愛らしい鳩笛(夜泣き封じ)が売られます。
また、土鈴の鳩鈴は子供のお守りです。

新町通から、休み山の鷹山を通り、役行者山へ。


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役行者山は、役行者が一言主神をはじめ多くの鬼神を使って葛城山と大峰山の間に橋をかけたという伝承にもとづいています。

役行者は経典と錫杖を手にして立ち、上に、神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)とありますが、これは諡号です。
左側が、一言主神(ひとことぬしのかみ)。
『古事記』にて、雄略天皇へ「悪口(まがごと)も一言、吉言(よごと)一言、
言離(ことさか)の神葛城の一言主(ひとことぬし)の大神なり」と答えたと記されています。
右側は、葛城神(かつらぎのかみ)、女神のお姿です。
 謡曲『葛城』に、 「見苦しき顔ばせの神姿は恥ずかしや、恥ずかしやあさましや、あさまにもなりぬべし、
明けぬ前にと葛城の夜の磐戸にぞ入り給う」と謡われます。

一言主神も葛城神も、共に姿が醜い為、夜しか働くことができず、役行者に叱られています。
一言主神は、赤熊(しゃぐま)を被った鬼の面、3本指の手で金の斧をにぎり、
葛城神は台つきの輪宝を捧げて、狂言面の“乙(おと)”の様な面です。

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欄縁は、雲龍文の透高浮彫の細工がとても緻密です。
こちらも山伏山と同様に、聖護院の山伏の巡拝があり、問答と採燈護摩が焚かれるそうです。

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雨宵に、もう一つの駒形提灯。

参考

写真:2010年7月14日 四条新町~室町あたり

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2010.07.21

祇園祭2010 宵山 菊水鉾のお茶席・日和神楽

7月中しばらくは、祇園祭の記事をアップせねばなりませんねぇ。
皆様どうぞ、おつき合い下さいまして。

17日の宵山では、このところの雨がちの一日ではなく、夕方の4時頃の夕立を除き、無事に晴れてくれました。
お陰で、ここ二日の雨降りで出なかった人出が、一気に宵山に集中したように感じました。
会所では粽や手拭いが飛ぶように売れ、子供さんの着付けにてんてこ舞い。
なんとか、五時前頃に小休憩が貰えましたので、丁度、宵山散策中のシスターズあにす様をお誘いして、菊水鉾のお茶席へ。
会所で、招待券を頂いたのでした。
2人でちょいと浴衣デートだー!うふふ。

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元治元(1864)年のどんどん焼け(蛤御門の変)にて焼失しましたが、昭和27(1952)年に88年ぶりに再興されました。
鉾頭に天向きの金色の透かし彫の十六菊をつけ、唐破風造りの屋根が特徴です。

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駒形提灯があると、ちょっと屋根は見えませんね。
他にも、巡行当日は音頭取りが烏帽子をつけ、立ち袴、菊の葉の形の団扇を持つという、これも他の山鉾と少々変わっています。
(他の山鉾は、音頭取りは手拭い鉢巻か鉢巻無しの浴衣姿、各山鉾の扇子を手に持ちます)
菊水鉾は、約10.3トンの重量、屋根までの高さは約8メートルもある大きな鉾です。
その為、鉾へ上がる「橋がかり」は会所のあるマンションの二階から伸びています。

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お茶席は大体宵山を含めた四日間ほど、このように各日程様々な流派が設けられます。
お席は立礼ですので、どなたでも気軽に楽しむことができます。

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お菓子は亀廣永(かめひろなが)の「したたり」です。
こちらは、この菊水鉾にちなんだ献上菓子です。
もちろん、店頭でも買えますし、宵山の間は、鉾にても売られます。
黒砂糖の寒天は少し冷やされ、舌にのせると甘みが崩れ、したたる。
まさに、甘露でございます。
べったりとした甘さでなく、余分をそぎ落としたようなキリリとした甘さ。
見目も琥珀の涼、夏の美味でございますねぇ。

そして、嬉しい事に、こちらのお皿はお持ち帰りができるのです!
どうやら数組お皿の種類が有る様子。
毎年通って、お皿を集めても素敵ですわ~。


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菊水鉾は、菊の露を呑んで七百歳の長寿を保ったという金剛流の謡曲「枕慈童(菊慈童)」より着想、
また、町内にある菊水井戸から名づけられたそうです。
生稚児(いきちご)の代わりに、こちらの菊慈童の稚児人形「菊丸」君が乗ります。


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お道具一式を拝見。
お道具は、昨年新調され、「菊」と「水の一生」が表現されているそうです。


お茶会の後は、一旦お別れ。
私も会所のお当番に戻ります。


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そして、日和神楽が戻って来る頃、またまたシスターズで集まりました!


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今宵は、あにす様eriko様虹子様maiky様まっちゃ様と合流です~。

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虹子様とeriko様はトルコアイス、手前の可愛くない生ビールはもちろん、私(笑)。

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今年、新しい浴衣を買ってしまいました・・・。
紺地の葡萄柄浴衣に、白の透かし織りの半幅帯。

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今回は、根付けに台湾玉市にて求めた翡翠の百合。ちょっと提灯ぽいかしらと。
宵の気分に合わせて、帯留め代わりに月の雫ブローチを。

こちらは、昨年「あばれ観音」見学でお世話になりました南観音山の日和神楽。

参考

写真:2010年7月16日 四条西洞院~新町付近

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2010.07.20

和歌山より、帰って来ました!

この三連休、いや、二連休か・・・。
海に、温泉に、美味しいものと、かわゆい甥っ子達と堪能して参りました~。
今年は、お盆休みは3日しかないので、これで私の夏休みは終わりでございます・・・。

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ホテルの目の前は、こーんな紺碧の海が拡がり。

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円月島付近で、海水浴。
おばちゃんは、海がほぼ初めての末っ子の手を引いて。
中学生と小学校高学年の甥っ子達も、ばしゃばしゃしとります。

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翌日は、扇ヶ浜にて、イルカをウォッチして、浜でまたまた海水浴。
前の日はおばちゃんの手を離しませんでしたが、二日で、末っ子は1人で深いところへ入れるようになりました。
でも、まだ泳ぐところまではいかないけれど。
年長の2人は、なんと遊泳限界点まで泳いできた。
子供の成長は早いです。


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イルカちゃん、バイバイ。



イルカのトレーニングを鑑賞!
目の前でのジャンプは、大迫力!


参考

写真:2010年7月18~19日 和歌山、南紀白浜にて

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2010.07.19

帰りの電車で

帰りの電車で
駅前の和菓子屋さんで、岩清水を購入。
透明でぷるぷる!

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扇浜

扇浜
イルカウォッチ中

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2010.07.18

泳いでます

泳いでます
波がちょっとありますが、気持ちいい。

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アスレチック!

アスレチック!
おばちゃんは、ついていくのが大変です。

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和歌山、白浜!

和歌山、白浜!
梅雨明けの海は、清々しい。
今日は、甥っ子たちと海で泳ぐぞ〜!

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2010.07.17

祇園祭 巡行の様子(2008年の巡行写真です)

今日は、巡行ですが、残念ながら本日も絶賛出勤中・・・。
本来はお休みで、今日から甥っ子達を連れて、和歌山へ行ってる予定だったのに。
私、最終の京都発オーシャンアローで夜中に参ります。くすん。
三連休の初日、学生なんて来ないって!!
責任者に問いただす必要がある。責任者はどこか。(@モリミンの四畳半)
あ、責任者いたか。使えない上司が。
今日、休んでるけどね(怒)!!

さて、梅雨も明けて、晴天の中、そろそろお手伝いの鉾も出発した頃かしら。
本日、はれて胡瓜解禁です~。


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辻廻し、剛毅な町衆の心意気!!
2008年の南観音山。

御池通り、巡行の様子は、こちら
河原町御池の交差点にて、辻廻しの様子は、こちら

※どちらも2008年7月17日の様子です!!

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2010.07.16

石見神楽

石見神楽
八坂さんで石見神楽鑑賞しています。

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菊水鉾、お茶席

菊水鉾、お茶席
したたりを頂きます。
今日は、表千家さんが。
あにすさんと合流して、2人で堪能しました。

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2010.07.15

祇園祭2010 宵々々山 太子山~油天神山~木賊山

連日、京都では大雨でございますが、今年も宵山が始まりました。
宵山が始まりますと、街中の様子が何とも賑々しく感じます。
今年は、普段あまり回らないちょっと南側の山鉾を回りました。
(お手伝いしている山が、四条よりですので)

混んでいる駅を外して、のんびり地下鉄五条駅から油小路通を上ります。
ちなみに、“上る(あがる)”は京都では北上することです。

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雨でしたからね、太子山の会所皆様はミーティング中でしたので、中へ入るのは遠慮を。
雨戸が取り払われて、軒に山の提灯が灯されます。

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太子山から少し上ると、油天神山がみえて来ます。
遠目に、灯る駒形提灯が揺らいでみえます。

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古くから町内の風早家に祀られていた天神を勧進して作られた山です。
油小路通にあるので油天神山と呼ばれます。
また、勧請の日が丁度丑の日に当たっていたので「牛天神山」とも呼ばれています。
こちらでは、駒形提灯と呼ばず、ご神灯と呼ぶそうですよ。

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菅原道真公を祀る山でございますから、紅梅が巡行時に飾られます。


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朱塗りの鳥居が鮮やかですね。


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『緋羅紗地百鳥図繍の縁付き雪中人物図繍』見送(みおくり)は、損傷が激しいため現在は使用されていないそうです。
これは、あの有名な「三顧の礼」のワンシーンだそうですよ。

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少し仏光寺通りを行くと木賊山です。


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ご神体は、世阿弥の謡曲「木賊」に由来し、我が子を人にさらわれ信濃国伏屋の里で木賊を刈る翁を現しています。
前掛も見送も、大変見事な綴錦です。


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子偲びの悲しいお話ですので、木賊と鎌を持つご神体は、哀切の限りを尽くした表情です。


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祭りの情緒は、足元にも。
雨宵の玄妙、触れるはならず。


参考

写真:2010年7月14日 五条~四条

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2010.07.14

祇園祭、船鉾

祇園祭、船鉾
会所二階で、お囃子聞いています。

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2010.07.13

先週の晩ご飯

普段、本当にたいした物は作っていませんけどね・・・。
友人のご要望にお応えして、恥ずかしいけど、この数日の晩ご飯を公開。

私のご飯作りのモットーは、いかに手を抜くか!でございます。
煮物類は、前の日の夜に作成したりして。
ご近所のおばんざいやさんで頂いたり、めんどくさい時は、夏でもお鍋にしたりします。
一人晩ご飯なら、フルーツグラノーラで終了!の時もあるし。

Oさん、結婚してもこんなもんです(笑)。
完璧に家事をこなそうとしなくてもいいんでは?
あなたの場合は特に、夜勤もあって、お仕事が忙しいし。
私も、相方に作ってもらうことも多いし、相方の方がレシピ通りきっちり丁寧に作ってくれるので、正直美味しいと思う。
今週も、相方に買い物メモをメールでお願いして、ご飯を炊いておいてもらったりとか。
Oさんも愛しの旦那様と役割分担して、晩ご飯を作成してはいかがでしょ?
しかし、ピチピチの新婚さんの質問は、かわゆいのぅ。うふふ。

月曜日

残業の為、晩ご飯は別々。
私の夕食は、フルーツグラノーラ。
牛乳掛けた時点で、日付がかわってた・・・。


火曜日

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ひじきとお豆とあげさんのたいたん
刺身こんにゃく(醤油or梅紫蘇)+鯛のお刺身
おじゃがとえのきとアスパラとベーコンの炒め物
さつま汁

水曜日


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ひじきと豆腐鶏ミンチハンバーグ←前日のひじきを流用
こんにゃくのきんぴら←昨日の残りを炒めて作成
蛸とプチトマトとアボガドのバジル和え
ごぼうと蓮根とタマネギの根菜ラタトゥユ
七夕なので、素麺


木曜日

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蛸とわかめと胡瓜の酢の物←前日の蛸のあまりをぽん酢に漬けた
(私の分は祇園祭の為、胡瓜抜き)
カレー(焼肉たむらのレトルト)
豆腐ハンバーグの残り


金曜日

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鶏ササミとミョウガ・葱・かいわれ・大葉の薬味たっぷり梅肉和え
トマトとタマネギビネガーサラダ
小かぶと金針菜のピリ辛スープ←鶏ササミを茹でたあとを利用
麻婆豆腐

土曜日

仕事が終わってから、祇園祭の神輿洗い神事観覧後、外食
暑かったので、生ビールと冷酒が美味。
鱧も美味し。


日曜日


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妹が遊びに来たので、お昼はお出かけ。

冬瓜の冷やしあんかけ
いもたこなんきん
卯の花

(錦市場で購入)

こんなもんですね。
このところ、お家に帰るのが10時近いので、晩ご飯が遅い・・・。

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2010.07.12

祇園祭2010 神輿洗い

7月10日の土曜日八時からは、祇園祭の神事、神輿洗いが執り行われました。

八坂神社にある3基の神輿のうち、素戔嗚尊を祭る「中御座(なかみくら)」で、代表して午前中に汲み上げられた神事用水で清められます。


 

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大たいまつが八坂神社と四条大橋の間を往復して清めた後に、白い法被姿の氏子の皆様が「ほいっと、ほいっと」と掛け声をあげながら四条大橋まで神輿を担ぎます。


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橋の中程で、「まわせー、まわせー」威勢のいい男達の掛け声と共に、御神輿が高く持ち上げられ、廻されます。

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その後、神職が鴨川からくみ上げた水に浸した榊(さかき)を神輿に向けて数回振り、御神輿を清めます。
この雫を浴びると、厄除け、無病息災と言われています。
写真はくみ上げる側、神事は反対の四条大橋の北側で行われます。
京都の風物詩、床も出されています。

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清められた後、御神輿はまた、八坂神社へお戻りになられます。


神輿洗いの神事の後、氏子さん達によって「神輿の”かん”を鳴らして振る“なりかん(かんならし)”」の様子。

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この日は、晩ご飯に鱧おとしと青竹にてきゅっと冷やされた冷酒を頂きました。
祇園祭は、別名、鱧祭とも呼ばれるのです。


参考

写真:2010年7月10日 八坂神社・四条大橋

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2010.07.10

祇園祭、御輿洗い

祇園祭、御輿荒い

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建仁寺両足院 半夏生の庭2010

本日も絶賛出勤中。
今月、お休みが5日しかないんですけど・・・。
毎日、帰るのも10時以降ですし。

働かない上司に仕事を教えだして約10日、ちっとも覚えないし働かないし、PCも使えない・・・。
一日の内に何度も、いつの間にか、ふらっとどこかへタバコを吸いに行き、30分は帰ってこない。
極めつけに、昨日、新上司がよその部署で「いや~、すっごく働かされるんだよね、大変だよ」(←またこの、関東弁すらむかついてきた)とのたまったらしい。(人事部の同僚に帰りの電車で聞いた)
あなたに教えた仕事は、全体の50分の1です!
あげくに、今日は疲れたので休みやがった。
貰っとる役職・管理手当を返上せー!!
こっちは、先々月からずっと週6日出勤、振休無し残業手当無しやっちゅうの!

1ヶ月以上経ってもこのままやったら・・・、
仏の顔も三度まで、ふふふ、覚悟しとれよ。

で、閑話休題。
7月2日に、半夏生を迎えましたので、そろそろ見頃かと思い建仁寺塔頭、両足院へ参りました。
7月4日の祇園辺りは、祇園囃子も流され、梅雨の晴れ間に暑さも盛りでございます。
いよいよ、京都の夏、到来ですね。


普段は予約拝観なのですが、毎年この期間は、半夏生の特別拝観を行っており、手続きをせず自由に拝観できまます。
両足院は、龍山徳見(りゅうざんとっけん)禅師を開山とする臨済宗建仁寺派の塔頭寺院です。
お庭は枯山水と池泉回遊式庭園が築かれ、寺宝も長谷川等泊や伊藤若冲などがあります。
また、座禅体験や煎茶体験など様々な催しも行われています。

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風に乗せられ雲走る、一服の禅の庭の清涼、風神の思いのまま。

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半夏生とは、ドクダミ科の多年性落葉草本植物です。
夏至を過ぎた頃に長さ10~15cmほどの穂状花序を葉の付け根に咲かせます。
「ハンゲショウ」の名の由来は、花のすぐ下に位置する葉の表面(片面だけ)が白く色変わることからや、
七十二候の一つ「半夏生」(現在は7月2日)の頃に、花を咲かせることからと言われています。


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梅雨含み、潤い籠めて木賊の色襲。

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池の端彩る半夏生、何を思いて片心、白く染めるか、清き思い水面留めて。

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その心知らず、池の主は悠々と。

参考

写真:2010年7月4日 建仁寺両足院

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2010.07.07

七夕(2007年の白峯神宮蹴鞠の様子)

「かくて春すぎ夏たけぬ 秋の初風吹きぬれば、
星合の空をながめつつ、天のとわたる梶の葉に、思ふ事書く比なれや」
(『平家物語』 巻第一「祇王」)

今日は七夕です。
織り姫様と彦星様の、年一度の逢瀬の日。
実際の七夕乞巧奠は、旧暦なのでもう少し後なんですけれども。
本日の雨はもってくれるでしょうか?
せめて、催涙雨となりませんように。

友人からの問い合わせで、2007年の写真ですが、白峯神宮の蹴鞠の様子をアップします。
本日、14:30ごろより行われます。

蹴鞠は中国より1400年程前に仏教と共に伝わり、本場中国では滅びましたが、
日本では現在、飛鳥井、難波流が伝わっています。
蹴鞠の最大の特徴であるのは、無勝負であることです。
鳥羽天皇の時代(1107~1122年=平安後期)に大納言藤原成通という希代の名人が現れ、
1000日の鞠が成就した時、夢に3匹の神猿が現れ、
この御神名が鞠を蹴る時の「あり、おう、やあ」の掛け声になったと伝えられています。


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鞠水干の鞠足が揃います。

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鞠は鹿革を馬の背革で縫い合わせた、中身は空洞の軽いもの。
神前に祈念されていた、「枝鞠」から鞠庭で「解鞠」を行います。
その際、枝から鞠を取るしぐさは観客へは見せません。
「枝鞠」は、その季節の木を使います。
この日は七夕なので、枝は梶の木。
(昔は、短冊ではなく、この梶の葉に文字を書いたのです)

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一座8人で、約15分~20分ほど。
「小鞠」で足慣らしをし、蹴鞠開始です。


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蹴鞠は、右足でのみ蹴り、必ず膝は曲げず、足の甲で蹴ります。
蹴る配分は『軒』が責任を持って一座の鞠足によく行き渡るようにします。
鞠が来た時は、3足で蹴り、次の鞠足へ渡します。
蹴鞠は勝負事ではなく、声を掛け合い、どれだけみんなでリフティング出来るかと言うことが重要なのです。

友人へ
せっかく、二週間京都に滞在するならば、この時期は祇園さんもあり、是非、沢山の行事を楽しんでいって下さいましな。

参考

写真:2007年7月7日 白峯神宮

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2010.07.05

妙心寺東林院、「沙羅の花を愛でる会」2010

6月30日の夏越祓へ行く前に、この日が公開最終日でした、妙心寺東林院の「沙羅の花を愛でる会」へ行ってきました。


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この日は梅雨の中休み、さやけし青空を滑る薄雲に、向かえ花の如き紫陽花が一息の涼を運びます。

沙羅双樹は、インド北部地方原産の高木です。
お釈迦様の入滅に際して、四方を囲んで植えられていた沙羅双樹が、枯れて鶴の羽根のように白くなったとの伝説から、仏教では聖木とされています。
日本にある木は、沙羅双樹と呼ばれてはいますが、実際は、夏椿(ナツツバキ)という種類です。


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「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず ただ春の世の夢のごとし たけき者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ」

(『平家物語』 巻第一 「祇園精舎」)

お庭の真ん中に、樹齢約350年の大きな沙羅の木がありましたが、2006年に残念ながら枯れてしまったそうです。
今では、枯死した上部の木で作られた数珠がかけられています。
ですが、そのまわりには銘木の二世たちが植えられ、この時期に同じように花を咲かせています。

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こちらは、2002年、まだ銘木が健在だった頃の様子。
大きい写真データがもう無いのです・・・。
クリックして頂きますと大きい画像が見られます。


まさに、『平家物語』冒頭の様ではございませんか。


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朝に開花し、夕べには落花する沙羅の花は、儚くもあり、潔くもあり。
はたりと苔に落ちた白き花は、梅雨時の苔の潤いと共に、清爽です。


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こちらでは、沙羅の木を愛でながら、沙羅双樹に見立てた和菓子とお抹茶が頂け、お庭を眺めつつ、ご住職の法話を拝聴出来ます。

で、「盛者必衰の理をあらわす」では、ございませんが、選挙に先駆けて(笑)?職場でちょっとした大きな政権交代がありました。
7月1日に大幅な人事異動の結果、突然上司が交代。
新しく来た上司は、仕事を全くしない人だそうです・・・・。
せっかく一年掛けて前上司にやっと仕事を覚えてもらって、さぁこれからというのに移動なんて-!酷い!!
また一からですよぅ。くすーん(泣)。
前部署の人達から、「可哀想・・・、頑張ってね、いけこさん」と哀れみの内線が代わる代わるくるんですけど・・・。
どんだけ、働かない人なのー!
こんなに働いてるのに、この仕打ちはあんまりやー!鬼ー!!
私、何時になったら、この週6連勤、毎日サービス残業から解放されるのかしら・・・。とほほ。

参考

写真:2010年6月30日 妙心寺東林院

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2010.07.03

今年最後の梅酒

今年最後の梅酒
最後の梅は、みりんで漬けました。
奥のビンは、ホワイトリカーで昨年着けた梅酒です。飲み頃になりました。

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2010.07.01

祇園祭2010 吉符入り

今日は祇園祭の始まり、吉符入りです。
祇園祭は八坂神社のお祭りです。
約1100年前、都中に蔓延した疫病退散を祈願し、
日本全国の国の数の鉾66本をつくらせ、祇園御霊会を行ったのが始まりです。
よく、祇園祭は14~16日の宵山、17日の巡行だけと思われているのですが、
実際には1日の吉符入りから始まり、31日の疫神社夏越祓(なごしのはらえ)まで一ヶ月続く、長丁場のお祭りです。


会所のおてつだいですが、後継者も順に育ち、昨年で本当にお役ご免となるはずでしたが、今年も一日だけちょっと着付けのお手伝いに出掛けます。
昨年は珍しく雨が少なかったですが、今年も上手く晴れてくれますよう。
無事に終わりますよう、ご加護が頂けますよう。
さ、今日から胡瓜断ちです~。

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こちらは、この時期に咲くので名付けられた木槿の「祇園守(ぎおんまもり)」です。
今年は、全体的にお花の開花が一週間ほど遅れているように、感じます。
なので、まだ蕾でした。
白い大きなお花が咲きます。
咲いた頃に、また、訪れたいと思います。


他にも、祇園祭に欠かせないお花の檜扇が飾られているのを見たり、鱧おとしを食べたりすると、
あぁ、この時期ならではだなぁと感じるのです。
そして、油照りの京都へ、心構えを致します。

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