« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008.06.30

上賀茂神社 夏越祓2008

去年に比べ、随分と過ごしやすい夏越祓となりました。
半年の穢れを祓い、残り半年無事に過ごせますよう。


Dscf4419


黄昏時の曖昧さ、神域へ到るか導かれるか。


Dscf4421


水無月の 夏越の祓する人は 千歳の命 のぶといふなり
                  (能 「水無月祓」 世阿弥より)

と唱えつつ、左→右→左と茅の輪を連なってくぐります。

Dscf4423


神火を焚き、幣を立てて清められし楢の小川に、


Dscf4432

風そよぐ 楢の小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける 
        (「新勅撰和歌集夏・小倉百人一首 98番」 従二位 藤原家隆)


橋殿から、和歌を三回唱えられた後、宮司様により、中臣の祓えを唱えられ、

Dscf4433


穢れを移した人形は楢の小川へ流されます。


Dscf4435


頭を垂れ、和歌を唱えながらお払いを受けます。

思ふこと みなつきねとて 麻の葉を きりにきりても 祓へつるかな
                  (「後拾遺集 1204番」 和泉式部)

祓った榊を流し、麻布を裂き流し、祓えは終了です。


Dscf4437


魔滅(まめ)の小豆、氷室の氷に見立てた「水無月」を頂きます。
今年は仙太郎さんの水無月、大丸百貨店で求めましたが、結構な行列、
これも京都の風物詩ですね。


参考:2008年7月1日 文追加

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2008.06.28

三室戸寺2008 蓮

まだ少し早いかと思ったのですが、蓮を見に行ってきました。
やはり「常花」として供えられる蓮華は仏様のお花、お寺さんに似合いのお花です。
古色の重厚な堂宇内のみならず、本堂前敷き並べられた蓮鉢を併せて、大きな大きな仏前にいるようです。

Dscf4367


Dscf4372


Dscf4380


Dscf4390


古色の堂宇におわす仏様へ身を捧げ、天空を目指し伸びる姿、至尊。


Dscf4365


Dscf4369

Dscf4386


梅雨空の切れ間に、灯すが如く花開く。


Dscf4371


ほんの少し風に揺らぎ、落つる四日目の大滴。


Dscf4361

ほとりと受けるは、蓮葉のたなごころ。


参考:2008年7月1日 文追加・写真入れ替え

| | コメント (6) | トラックバック (1)

三室戸寺2008 紫陽花

今年は例年と比べ、紫陽花の開花が遅かったような気がします。
蓮を求めてと思っていたのですが、お陰で、紫陽花の終盤にも間に合いました。
8:40頃に行ったので、まだ参拝者も少なく、ゆったりと花園巡りが出来ました。
(10時頃からは大型バスで団体客が続々と到着してきます。早朝がオススメです)

Dscf4346


Dscf4396


Dscf4400


杉木立の下、名の如、梅雨の雫を受け止めて、七色に富む。


Dscf4398

Dscf4411


朱塗りの門を目印に、紫陽花道を分け入りて。


Dscf4402

安治佐為能 夜敝佐久其等久 夜都与尓乎 伊麻世和我勢故 美都都思努波牟
(あじさゐの 八重咲く如く 八つ代にを  いませわが背子 見つつ偲はむ)
万葉集 巻第二十 四四四八番歌 橘諸兄)

参考:2008年7月1日 文追加。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.06.26

建仁寺 両足院

弘法さんの後は、建仁寺塔頭両足院へ参拝しました。
普段は予約拝観なのですが、この日(21日)は、半夏生の特別拝観を行っており、手続きをせず、自由に拝観できました。

半夏生とは、ドクダミ科の多年性落葉草本植物です。
夏至を過ぎた頃に長さ10~15cmほどの穂状花序を葉の付けねに付けます。
「ハンゲショウ」の名の由来は、花のすぐ下に位置する葉の表面(片面だけ)が白く色変わることからや、
七十二候の一つ「半夏生」(現在は7月2日)の頃に、花を咲かせることからと言われています。


両足院は、龍山徳見(りゅうざんとっけん)禅師を開山とする臨済宗建仁寺派の塔頭寺院です。
お庭は枯山水と池泉回遊式庭園が築かれ、寺宝も長谷川等泊や伊藤若冲などがあります。
また、座禅体験や煎茶体験など様々な催しも行われています。


Dscf4297


寄せる白砂、敷石浮かべる萌葱の苔に出迎えられ。


Dscf4302


Dscf4303


恵の雨に、苔、蒼き勢い、いよよ増し。


Dscf4306


Dscf4310


Dscf4312


池の端彩る半夏生、何を思いて片心白く染めるか、清き思い心留めて。


Dscf4313


蒸し暑き夏の京都、一服の善の庭の清涼。


参考

写真:2008年6月21日 建仁寺境内、塔頭両足院にて。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008.06.25

東寺市

いちらぁといいながら、今年はなかなかいちらぁになれず・・・。
やっと6月21日の弘法さんへ行って参りました。
午後までちょっとばたばた用事をしておりまして、東寺さんへ着いたのはもう3時ごろ。
境内では、既にお店仕舞いをされている露店もあり、お陰で少し人出も少なく、歩き回りやすかったです。


Dscf4293


新緑に囲まれて、梅雨の晴れ間の賑わい。


Dscf4294


Dscf4336


和布のブックカバー(栞にトンボ玉が選べます。)、トンボ玉の帯留め、麻のランチョンマットを求めました。

参考

写真:2008年6月21日 東寺弘法市にて

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.06.13

梅酒2008

今年は多めに漬けました。

Dscf4272


大鍋いっぱい青梅の用意を。


Dscf4278


今回は大きい保存瓶だけでなく、ちょっと小さい保存瓶も。
携えて、遊びに行くかもしれませんよ。

| | コメント (20) | トラックバック (0)

2008.06.08

平安神宮花菖蒲2008

まだ少し早かったのですが、平安神宮の花菖蒲を見に行ってきました。
恐らく5分咲きくらいでしょうか。
ですが、梅雨を味方に生き生きとしています。

Dscf4239


Dscf4242


Dscf4245


梅雨の晴れ間に、貴婦人達、ふわりとスカートを翻し。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008.06.06

ブックレビュー その1 『西の魔女が死んだ』

注)ネタバレが大いにあります。

「中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、
季節が初夏へと移り変るひと月あまりを、西の魔女のもとで過した。
西の魔女ことママのママ、つまり大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修行の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということだった。
喜びも希望も、もちろん幸せも…。
その後のまいの物語『渡りの一日』併録」

この本と出会ったのは、私が中学の2年生である。その夏の読書感想文課題推薦図書だった。

「悪魔を防ぐためにも、魔女になるためにも、いちばん大切なのは、意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。」70p
「これは魔女修行のいちばん大事なレッスンの一つです。魔女は自分の直観を大事にしなければなりません。でも、その直観に取り付かれてはなりません。そうなると、それはもう、激しい思い込み、妄想となって、その人自身を支配してしまうのです。直観は直観として、心のどこかにしまっておきなさい。そのうち、それが真実であるかどうか分かるときがくるでしょう」138p


おばあちゃんは、魔女修行を通じて、降り積む降り積む知識や経験をまいに移してゆく。
おばあちゃんの言葉や愛は、暗闇にほとりと灯る明かりであり、人生の指針だ。
それらに触れることによって、まいは生きていくという力や自分としっかりと向きあうという意志を培ってゆく。
まいの成長を描くと同時に、修復も描き(癒しとは言いたくない)、物語は2人の約束でラストを迎える。


題名や冒頭にあるように、最初から最後までこの本は「おばあちゃんの死」という1つの終りをもってきている。
「魂は身体をもつことによってしか物事を体験できないし、体験によってしか、魂は成長できないんですよ。この世に生を受けるっていうのは魂にとっては願ってもないビッグチャンスというわけです。(中略)魂は成長したがっているのです」119p
死を定義することは難しい。全ての人に平等に降りかかる重い事実であるにもかかわらず。
だからこそ、人生を愛しいと哀しいと思うのかもしれない。


ギニアのことわざで「1人の老人が死んだら大きな図書館1つなくすのと同じ」というのがある。ある漫画では、そんなに大げさなものではないと、“昔取った杵柄”をもじって「きねづかん」と呼ぶ。(参考:「きねづかん」田村由美 小学館)
経験や記憶を脳に心に折りたたんで、人は年を重ね、知恵を次代に手渡してゆく。

図書館には様々な資料があり、全ての資料には利用者がいる。どれほど利用がない資料でも、図書館に所蔵されている限り、ある時、ひょいと日の目を見ることもある。
それらの蔵書は全て、図書館の経験であり、記憶なのだ。まるで人生のように。
大学図書館に勤めている私は、業務上、学生たちへの講義も受け持つ。若者の読書離れが叫ばれて久しいが、現在、実際に学生達が図書館に来ないようになってきている。職場の大学図書館は、図書カードまでもが申告制だ。学生の中には、卒業するまで一度も図書館に寄りつかない者もいる。だから、最初の授業で必ずこう言っている。
「図書館の本は、あなた達の授業料で購入している。高い授業料を払ったからには、もとをしっかりとりなさい。正しく利用し尽くしなさい」と。
それが図書館へ訪れるきっかけになればよい。
『すべての本をその読者に』ランガナタンの5法則のもと、全ての司書は存在している。


ブックレビューをあげたいと思いながら、なかなかあげられなかったのには訳がある。
最初のレビューは「西の魔女が死んだ」にしようと決めていたのだが、これを紹介するには、私の事を書かねばならないからだ。

私は小学校3年生~4年生まで、いじめにあっていた。幼い頃は、学校のクラスが世界の全てだ。そして、小学校がそのまま繰り上がるような中学へは、その小学校の負の遺産を引きずることになる。「彼女、昔いじめられていたんだよ」という言葉は呪いとなって、絡みつく。

「うん、簡単だよ。みんなでだれか一人を敵に決めればいいんだもの」 160p
「その時々で決めたらどうですか。自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きる方を選んだからといって、だれがシロクマを責めますか」162p
あの頃、この本を読んで、おばあちゃんやまいの言葉がすとんと心に落ちた。ああ、そうなのだと。まいが死を考えるようになったのは、もしかすればこの登校拒否にかかわっているのかもしれない。

確かにどうしても合わない人というのもあるのだ。飢えたライオンの檻の横に、鍵があるから、檻があるから大丈夫だと言いきかせて羊を同居させても、羊はちっとも安らげない。
そういう場合は距離をとる。仕方がないのだ。接触する機会が減ると、人は希釈される。


幸いなことに、高校・大学では友に恵まれた。幼なじみ達もしかり。
そして、今では私は世界は1つではないと知っている。
頤をあげ、私は私であるという強さも少しは身につけた。
何より、闇の中の光明のように、伸べてくれる人々の手や結んでくれる縁、愛してくれる思いは、真綿のように優しく、尊い。
「まいは、小さいころからおばあちゃんが大好きだった。実際『おばあちゃん、大好き』と、事あるごとに連発した。(中略)そういうとき、おばあちゃんはいつも微笑んで、『アイ・ノウ』知っていますよ、と応えるのだった。」17p
自分が愛していることを、相手が知ってくれている。これこそ、本当の幸福と言えるのではないだろうか。


随分と色々話が逸れたが、「西の魔女が死んだ」は、どうやら、夏に映画になるらしい。思い入れが強い分、映像化が怖い。内容を見て、自分の抱いているイメージと違っていればと思うと何とも切ないのだ。好きなエピソードが削られていたらどうしようとか、そんな人物や設定は原作に無いのよ!とか。見に行きたいような、行きたくないような。
只今、もの凄く葛藤中である(笑)。

参考

「西の魔女が死んだ」 梨木香歩 新潮文庫

| | コメント (10) | トラックバック (1)

2008.06.02

香川旅行 その6 その他名所

皆様、ご無沙汰しております。
お陰様で、体調も何とか回復です。
久しぶりに節酒→禁酒。
酷い時には、お酒がうけつけなくなってて、吃驚しました。
嬉しいことに、ちと痩せましたが、恐らくすぐに戻るでしょう(笑)。
あ、今はもうすっかり元気ですが、元々胃が弱いので、
消化器内科医の先生に「いい加減に飲みなされ」と謂われ続けて、早4年。
久しぶりに本日、胃カメラでした。
もの凄い笑顔の先生に、「講義に間に合うようにするから!!」と言われましたが、
麻酔にラリラリ、ヨイヨイ、全く違う学部の授業資料を持って行ってしまいました
(N先生、麻酔は計算外なのですか?)。
今でも若干、喉に麻酔が残っているのか、お茶が嚥下できずに逆流をします。げほげほ。

さて、香川旅行記です。
朝湯と朝食を頂いた後、チェックアウトして外へ出ると吹雪(笑)。
ううーん、雨女ではありますが、雪女でもあったとは・・・。
お見送りの副支配人さんも、「25年ぶりです!」とちょっと困った笑顔。

Img_0210

高燈籠。
1,860年に完成、瀬戸内海を航海する船の指標として建てられたもので、
高さは約27m。3階建。


Img_0212

鞘橋。
金刀比羅宮の御大祭の時だけに使用され、屋根つき橋脚無しの浮橋。

参考

写真:2008年1月20日 琴平町

| | コメント (12) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »