東京雑記 その4 歌舞伎座さよなら公演 壽初春大歌舞伎 その3
第三、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
武蔵坊弁慶/團十郎
源義経/勘三郎
亀井六郎/友右衛門
片岡八郎/高麗蔵
駿河次郎/松江
常陸坊海尊/桂三
太刀持音若/玉太郎
富樫左衛門/梅玉
舞台は平安末期。
源氏が平家打倒を掲げ、その功労者であった義経が、兄である頼朝の不興を買い、
奥州藤原秀衡の元へ、弁慶はじめ主従と落ち延び、加賀の国安宅の関に差し掛かったところです。
もちろん、この安宅の関には関守、富樫によりしっかりと守られています。
ここを、義経を強力に、弁慶従者達を山伏に仕立てて、東大寺再建の勧進と申し立て、関を越えようとします。
数日前、胡乱な山伏達を処刑した富樫、山伏姿の主従を疑い、関を通しません。
勧進帳を読み上げさせたり、山伏や法具、真言について矢継ぎ早に質問し、押しとどめます。
弁慶はそれらを弁舌鮮やかにかわします。
弁慶の働きで関越えを許され、一行がまさに通過しようとしたその時、番卒が強力は義経であると見破ります。
富樫が呼び止めると、弁慶は「そなたが疑われたせいで」と強力に化けた義経を散々に打擲します。
義経側と富樫側ではまさに一触即発。
仲間を押し留め、また、主君を何とか守ろうとする必死な弁慶の姿を見た富樫は、胸を打たれ、義経主従と知りながら、関所の通過を許します。
やっとの思いで関所を通過した義経主従、義経は無事に関所を通過できた弁慶の働きを誉めます。
弁慶は、義経を救うためとは言え、主君を打った無礼を侘び、主君の温情にただただ涙するのでした。
他の仲間達も、来し方行く先を嘆きます。
そこへ富樫が追いつき、先ほどの非礼を侘び、酒宴となります。
弁慶は富樫の所望により、舞を舞いつつ、その隙に義経主従を先に立たせます。
舞終わった弁慶は、義経主従と知りつつも通してくれた富樫に深く感謝しつつ、義経を追って旅立つのでした。
演目最初のあたり、舞台後方の囃子方総勢での一糸乱れぬ鼓打ちに感動!
囃子方あっての演目への誘いなのですね。
勧進帳は、大学時代平安神宮での薪能にてダイジェスト版「安宅」を一度見ておりましたし、ゼミで「義経記」を学びましたので、ストーリーを追う分には問題ありませんでした。
また、歌舞伎の「勧進帳」は、能の「安宅」を元にした演目。
双方の違いも発見しつつ、楽しい鑑賞となりました。
押しとどめる様は、歌舞伎では、科白があるかわりに割とあっさりなのですね。
所作の能では、押し戻しも沢山時間を取る演出となっています。
また、富樫の人物像にも違いが。
歌舞伎では、義経と知りながらも、弁慶の主を思う心構えに打たれ、自身が咎めを受けると知りながら、
切なる覚悟を決めて、主従を通す情ある人物と演出されています。
能では、最後まで疑いつつ・・といったなんとなく煮え切らぬ人物と言ったところでしょうか。
しかし、二階席のまさに花道の上だったため、花道での「飛び六方」がほとんど見えない(泣)!!!
あぁぁ~、惜しいよぅ~。キメのとこなのに!!
最初少しだけの「飛び六方」でしたが、何とも勇ましく、主人義経へ眼を向け、ひたむきに去る姿は勢いが有りつつも、これからの艱難辛苦への覚悟が見て取れました。
ここも、能には無い演出ですね(能では謡いながらさささっと下手へ)。
勘三郎さんは、品のある大人しげな義経でした。
ですが、やはり科白も少ないし、こちらをあんまり向いてくれませんので、あれ?印象が薄い(笑)。
梅玉さん、人間味のある素敵な富樫でした。
弁慶の忠義の前に、激しく迷いつつも、通すと決めた清々しい富樫の覚悟がいいのです。
科白が進むにつれて、義経主従に敬意が払われていくのですが、
梅玉さんが科白に籠める声に、葛藤から覚悟を決めた潔さ晴れやかさが段々と滲んでいくのです。
団十郎さん、流石のお家芸でございます。
朗々と響く声に、壮烈ながら、様式美をこれでもかと魅せつけ、
「延年の舞」を舞う姿には、神性を帯びているように思えました。
何と言ったらよいのでしょうか。うまく言葉に出来ません。
団十郎さんの弁慶に籠めた気概がひしひしと伝わってき、胸が熱くなりました。
誠の芸の真髄、本当に最高の演目を見せて頂きました。
参考
写真:2010年1月23日 歌舞伎座 二階席より舞台を望む。
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